ライフログに挫折するのはなぜ?

ライフログに挫折するのはなぜ?

リズムの乱れで、あっという間に悪いループに


手帳にライフログを記録していたのですが、先月半ばくらいに挫折してしまいました。

先月、有難いことに仕事の繁忙期だったのですが、あまりに時間がなさすぎて、自分の日常になっている習慣ですら、すっ飛んでしまう状況でした。

毎日続けていた読書もイラスト日記も描けず、目標にしていた早寝早起きもできず、運動もできず…。
まさに、ボロボロの1ヶ月間でした。

過去に自分がログでつまづく時は決まって自分の生活リズムが悪い時でした。

振り返ると、生活リズムが整わない時こそ、ログを記録して振り返った方が良いのですが、自分で日々のログをとることに、見えないストッパーがかかっていました。


良くない自分に向き合うのはしんどい!

というのも、「自分で明らかに悪いと認識している状況」ですと、そもそも自分の「よくない」日々に向き合うことが、しんどくなります。
振り返って「ああやってしまった…」「ああすればよかった!」と、さらに落ち込むからです。

仕事でミスをした時もそうなのですが、「ミスをした自分」と向き合うのはかなりキツイです。
「理想に近づけない自分にダメージを受ける」という表現の方が、しっくり来るかもしれません。

手帳で挫折する時も、状況が似ています。
例えばデイリー手帳で真っ白いページが続くと、続けられなかった自分に向き合うことになるので、かなり精神的にしんどいです。
デイリーページのように。真っ白いページの面積が広くページが多いほど、ダメージが大きいです(笑)

先日「小さな習慣」という本を読んでいて、“習慣化では、続けられない自分を責めるという「自分責め」こそが、習慣化に最も悪い影響を及ぼす”と書かれていて、思わずハッとしました。


突破口は「自分責め」をやめるところから

そこでひとまず自分責めを止め、「ま〜いっか!」と開き直りました。
私もミスで落ち込みやすい思考クセがあるのですが、これも訓練だと思い、繰り返し「ま〜いっか!」を繰り返し言い聞かせていました。

それから、失敗したら開き直って「すごく小さなこと」からもう一度チャレンジすることも有効でした。

今は1日1ページ手帳で頓挫してしまたので、ログを一行日記から再開し始めています。


続けるのは大変でも、やっぱりログは大事!

こんな風に挫折しているライフログですが、やはりログがあると無いとでは、振り返ることができる範囲が桁違いです。

自分の記憶に残るのは、せいぜい昨日の記憶まで。ですがログさえ残っていれば、一週間、一ヶ月、継続すれば年単位までさかのぼることも可能です。

振り返ってみても、ログを継続できていた時期は「次はあれをやろう!」という行動目標が立てやすく、また自分の体調不良やモチベーションの原因がどこにあるのかも、一目瞭然でした。

ログが無いと「何だか調子悪いなあ」「やたら忙しい」という、曖昧でぼんやりとした主観や感覚に振り回されてしまいます。

そろそろ来年の手帳を選ぶ時期ですので、自分が続けやすいライフログの形を模索しています。


新しいことには失敗がつきもの

ライフログに限らず、働き方が変わってからは、日々チャレンジと失敗の連続です。

会社員の頃とは比べ物にならないですし、それらが自分の生活に直結してきます。

あまりに多すぎて落ち込んでいる暇もないのですが、こうやって挑戦と失敗を繰り返す時期は、後からとても貴重な体験になりそうだと感じています。
失敗は起こるべくして起こるもので、そこにはたいてい、自分が気がつけなかった”ギフト”が眠っているからです。

そろそろ来年の準備を始める時期ですが、失敗しても過剰に自分責めせず、失敗したら次に活かす!を繰り返しながら、前へ進みたいと思います。

今年「記録するの続けられなかった〜」「せっかく手帳買ったのに〜!」とガックリ落ち込まれている方。
ぜひ、ご一緒に再チャレンジしましょう!